現代社会においては、資本主義のもとで形成された金融システムが、高度な不平等を生み出しているのではないかという声も聞かれます。資本や専門知識を十分に持たない一般の人々にとって、株式投資などの金融活動はリスクが大きい一方で、大規模な金融機関や資本家は、情報や取引手段を活用してリスクを抑えつつ大きな利益を得られる可能性が高いとされています。このような構造は、社会全体の資産配分を偏らせ、結果として階級の固定化を促進しているのではないかとも言われます。
金融市場における不平等
一般投資家と資本家の情報格差
一般の投資家が金融市場に参入する際、しばしば情報面で大きなハンデを負うことがあります。資本家や大規模機関が既に把握している先行情報が、一般投資家に届く頃には「遅れた情報」になりがちだからです。
- 事例:エンロン(Enron)の財務不正
2001年に発覚したエンロン事件では、経営陣が不正の兆候を知りながら株式を売り抜けていた一方、一般株主は企業の実情を把握できず、株価暴落に巻き込まれました。結果として多くの投資家が巨額の損失を負い、経営陣だけが先に利益を確保していたのです。
市場操作と「ゼロサム」的な構造
一部の資本家は、高頻度取引(HFT)などのテクノロジーを駆使して、市場のごくわずかな価格変動から瞬時に利益を積み上げることができるとされています。
- 事例:メリルリンチによる市場操縦疑惑
2019年、米国のメリルリンチは短期間のうちに大量の注文を出し、市場を誤誘導した疑いで多額の罰金を科されました。こうした手法で起きる価格の変動は、多くの一般投資家には把握が難しく、大きな損失を被る可能性も指摘されています。
労働市場と金融市場の対比
一般の人々は労働市場に留まらざるを得ない?
一般の人が大きな不確実性を伴う金融市場を回避すると、結果的に労働市場を主な収入源とせざるを得なくなるケースが多いようです。教育やキャリア形成を通じて所得を得る道を選ぶ一方で、その所得増加は金融取引で資本を増やせる人々に比べると、どうしても緩やかになります。
- 現実の対比
たとえば、ごく普通の会社員が毎年5%ずつ給与アップしたとしても、一定の経済的自由を得るまでには数十年かかる場合が少なくありません。一方で、資本家は金融市場を通じて、短期間に数十万ドルものリターンを得られることがあるようです。実際、2020年には世界的に有名な投資家であるジョージ・ソロス氏が、わずか2日間の取引で10億ドルを超える利益を上げたと報道されました。
労働市場は資本家優位に構成されがち
労働市場のしくみも、資本家の意向に大きく左右されると見る向きがあります。大学受験や就職活動、キャリア形成の多くが“資本家にとって価値ある人材になる”というゴールに向けられがちで、その結果、一般の人々は一層の努力をしても、資本家の利益をさらに拡大させる立場にとどまり、真の意味で経済的自立を達成するのが難しい状況になっているようです。
階級の固定化を支える仕組み
金融システムが、一般人と資本家の「走っているトラック」そのものを分けているのではないか、という見方があります:
- 資産増加の方法に大きな差がある
- 一般の人:労働による所得がメインで、資産形成は比較的ゆっくり進む。
- 資本家:資本を市場で運用し、短期間での大きなリターンを狙いやすい。
- 教育や就職活動の方向付け
- 一般の人は、高等教育や職業訓練を経て、企業のニーズに合った労働力となることを目指す場合が多い。その結果、「よりよい企業に就職し、安定した給与を得る」ことに注力しがち。
- 金融ツールを使った資本家の資産拡大
- 株式の買い戻し・配当:資本家は株式を保有することで会社からの配当金を得るだけでなく、自社株買いによって株価の上昇を狙うこともできます。
- 税制上の優遇:資本利得に対する税率が比較的低い仕組みを活用し、資産の目減りを最小限に抑える戦略をとる資本家もいるようです。
変革の可能性
ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ氏は、金融市場で起きている格差は政策面の改革によって緩和できると強調しています。たとえば、高頻度取引の制限や資本利益への課税強化、一般の人々が資本市場に参加しやすくなる仕組みづくりなど、こうした取り組みは富の不均衡を少しでも改善する有効な手段になりうると考えられます。
私たち一乗公益も、そうした改革を行政任せにするのではなく、「誰もが参加でき、誰もがその恩恵を受けられる」金融システムの可能性を提示していきたいと考えています。社会団体や企業、個人など多方面の協力を得ながら、段階的にイノベーションと変化を生み出せればと思います。
資本主義の金融システムは、経済成長に大きく貢献してきた一方で、階級の固定化を生み出す要因にもなり得るとされています。多くの人が参加しやすいかたちに改革を進めることで、金融市場が少数の権力を強める道具ではなく、社会全体の公正さや活力を高めるための仕組みになっていく可能性があるのではないでしょうか。