社会企業の定義で最も重要かつ基本的な部分は、金銭的利益を得るために設立された従来のビジネスとは異なり、社会企業は「社会問題を解決する」ために設立された自立的で持続可能な組織であるということである。
真の社会問題を知らなければ、社会企業は遅れをとり、時代遅れになる。
現在、市場には多くの社会企業が存在するが、その質はさまざまである。 根本的な理由のひとつは、企業を設立する側が社会企業について十分に深く理解していないことである。
社会的企業の立ち上げ方を知りたければ、その社会的企業が解決しようとしている「社会問題」を知る必要がある。
たとえば、ひとり親家庭の子育ての困難さ、後進地域の清潔な水の不足、地域社会の高齢者の移動の不便さ、食品廃棄の問題、地域の過剰疎外の問題、障害者の雇用の問題などである。
このように、現在市場では通常2種類の社会的企業が存在する:
1.一つは、明らかな社会問題を見つけ、その問題をターゲットにして、その周辺にスモールビジネスチャンスがあるかどうかを確認して起業するタイプである。最も一般的なビジネス形態は有料アドバイスである。例えば、人々の子育ての問題を解決したいのであれば、ママやパパに子育てのアドバイスをするビジネスを立ち上げるというものがある。この形態は初期費用があまりかからず、思いつきやすいので、ここから始める人が非常に多い。
2.もう一つはその逆で、実際に商品を用意したり、販売したりした上で、明らかな社会問題を見つけ、その社会問題を自分のビジネスに詰め込んで、社会企業と主張するタイプである。 分かりやすい例を挙げると、普通に儲かっているカフェを経営し、数人の障害者を店員として雇い、「障害者に就職チャンスをあげたので社会企業です」というようなものだ。
この二つのタイプの社会企業は最も普遍的に見られるものであり、社会企業は経済的成果と社会的成果の両方の達成を目指しているものの、その多くはスモールビジネスにとどまっていて、ソーシャルインパクトの拡大と利益の伸ばしに困っている。
よく見られる経営困難点の一つは、ビジネスの形態が単調であり、競合企業との違いが出しづらいことである。特に前文に挙げたような有料アドバイス・有料相談事業はそういう状況が多く見られる。つまり、創新が足りないことである。
もう一つは、ソーシャルインパクトを出せず、規模を拡大できないことである。個人の力で助けてあげられる人の人数に限りがあると同じよう、孤立に経営している一つの企業の力で全ての人々の生活を、全面的に改善することは難しいであろう。障害者雇用を例に挙げると、一つ一つの企業に雇用出来る障害者の方の人数が非常に少なく、障害者の就職困難問題への全体改善は非常に微弱である。
では、社会企業の全体数を増やせば良いのではないかという意見もあるが、伝統企業と比べて体制などほぼ変わらず、ただ「社会を良くしたい」というマインドを持っているだけで、伝統企業を越えることは現在の社会企業にとっては非常に難しいことである。そのため、社会企業というビジネス形態は未だに少数派であり、社会的普及も困難となっている。
こちらについてはまた今後の文章で触れていきたいと思うが、社会企業界隈のみならずビジネス界隈全体で、「一つの企業で何処まで出来るか」という考え方が主流となっている。他の会社と連携もするかもしれませんが、根本的な経営ロジックは孤立している。
しかし我々はこれからは「様々な社会企業を一つのネットワークとして認識するのが一般的」の時代がやって来ると考えている。すなわち企業たちは孤立経営から連合経営になることである。そして社会企業ネットワークは言葉通り、網のように社会の中の人々を誰一人も取り残さずにホールドするセーフティーネットとなる。
一旦本題に戻ると、我々はこれらの起業困難の原点は、「そもそも社会企業が解決すべき社会問題というのは何であろう」ということに対しての認識不足で、「目先にある社会問題に囚われ、視野が狭くなった」ことにあると皆さんに提示したい。
実際、社会問題を本当に解決しようと思うと、私たち人間が抱えている本当の社会問題を知る必要がある。
まず、話はいきなり飛躍するが、社会問題の源は世界文明レベルの低さにある。
文明の欠如は大河の源流のようなもので、そこから多くの支流が枝分かれしている。たとえば、社会における不平等の構築、文化的不平等の構築、経済的不平等の構築、教育的不平等の構築、市民権の保護の欠如……
これらの支流から、さらに小さな支流が枝分かれし、このレベルでは、多くの共通した社会問題を見ることができる:
例えば、会社が稼いだ利益は主に会社の上層部の懐に入り、一般の従業員はこれらの利益を実際に分かち合うことができず、給料を受け取るだけで、多くの若者は人生の将来に対する希望を感じることができないままでいる。このような環境で生活している若者であれば、鬱になり、自傷行為やその他の形で発散することも少なくはない;
例えば、上下関係に反抗しにくく、解雇を恐れる会社では、シングルマザーの場合、職を失うことを恐れて幼い子供を一人にしなければならない可能性が高い;
例えば、ある国では、権威主義的で腐敗した政治風土のために、国民が重層的に搾取され、その結果、多くの人々が極度の貧困と野蛮の中で生活している。一般家庭の少女であれば、教育を受けることができず、14-16の歳で結婚し、婚後夫から虐待を受けるという状況に遭遇する可能性が高い。
多くの人はこれらの明白で末期的な社会問題を認識して、解決しようと社会企業を立ち上げるが、その場合は解決策もまた末期的なものになりがち。 苦しみの中で生きていて、自殺願望を持っている若者がいるから、オンライン・カウンセリング・ルームを開設して、心理カウンセリングを提供しよう。シングルマザーは子どもの面倒を見れないから、有料の保育事業を立ち上げよう。結婚が早すぎて、結婚後にDVされる少女がいるから、オンライン・カウンセリング・ルームを開設して、心理カウンセリングを提供しよう。法律扶助クリニックも開く。
このようなアプローチは、善良な心への消耗が多いだけでなく、アウトプットも少ない。一種の本末転倒の思考に属し、社会問題を根本から解決できないだけでなく、自らを受動的な立場に置くため、商業的な成功を収めることも難しいという非常に残念な状況にもなり得る。
”商業的な成功などどうでもいい!”と意気込む人が多い。しかし、ビジネスの見込みがなければ、規模を拡大し、より多くの人々に幸福をもたらすための資本を築くことができないうえ、不人気、つまり人が集まらないことになる。
また、伝統的なビジネスを営んで儲けている人たちからしても、社会企業の魅力を感じづらく、伝統企業から社会企業へアップグレードする動機が欠如している。そのため、社会企業の数を増加することも困難になる。 もしそうだとしたら、どうすれば本当にすべての人を助けるために社会を変えることができるのだろうか?
末端から根源を変えることは非常に難しいことである。シングルマザーの育児に手伝っても、職場における権利関係の不平等は解決できない。オンラインカウンセリングを提供しても、若者の貧困問題は解決できない。根源問題から出発し、末端に向かって流れていくことでしか、本当に状況を変えることはできない。
社会に貢献したい、人々の生活をより幸せにしたいという責任感を持つ起業家として、我々は今までの考え方をひっくり返す必要があるかもしれない。
起業するとき、「シングルマザーが忙しくて子供の面倒を見れない」という社会問題の背後にある社会問題は「会社における不平等な権利」であり、その次の段階は「市民の市民権が保障されていない」ことであることを知る必要がある。そして更に思考を深めて、究極の社会問題は「人類全体の文明レベルが足りない」ことであることも認識する必要があると感じる。
このことから、ビジネスを構築しようとするとき、思考はより先見的で卓越したものになり、社会企業は、あらゆる種類の不公平や不平等を解決できるようになるのであろう。
国民に権利が還元されない状況を解決するためには、どのようなシステムを採用すればよいのか。このような思考をするとき、企業は国際的な未来戦略ビジョンを持つことになる。 それはもはや、受動的に受け入れられる伝統的な中小企業ではない。
では、もうひとつの大きな疑問、それはすなわち「社会企業は本当にこれらの問題を解決できるのだろうか?」ということである。
答えはイエスだが、社会企業だけで解決するのは難しいであろう。 次回は、これらの疑問に対する答え、どのような金融システムや企業構造を使うべきか、さらには教育とのつながり方、社会組織とのつながり方などをについて説明していきたい。